第6回 5期生 松本功毅

 事務局の宮城さんより「佐藤先輩から指名があり、東海大学卓球部OB会のリレー通信に4番目として何か書いてほしい」と連絡が入った。まずは今までの先輩が書かれたものを読んでみようと初めてインターネットを使い、東海大学卓球部のHPを開いてみた。そして先輩方が約40年も前の事をあまりにもよく覚えていらっしゃること、また創世記の卓球部に熱意を持って向かっていかれた姿に頭が下がった。

 私が5期生として昭和38年春に入学した時は、敷地内に湘南校舎1号館しか出来上がっておらず、グラウンド脇にはぶどう畑がまだ残っていた。また小田急線大根駅の駅前に雑貨屋が一軒あるだけで、通学には田んぼとタバコ畑の間を通っていた。代々木校舎から先輩が来られた際に、闇夜の帰り道に、切り通しで赤土の急な坂道をわざと選び、側溝に足をとらせて困らせた事を懐かしく思う。

卓球の練習は、湘南校舎のY字型校舎(1号館)3階廊下で週3日行い、それ以外の日は代々木校舎へ赴き、先輩方と一緒に練習していた。湘南校舎での練習は、壁がU面になっている為、卓球台のエンドおよびサイドの感じにズレが生じてしまい、苦労したことを思いだす。

そして11月の体育祭は各運動部全員参加(特に1年生は強制)であり、その時は校内マラソンで佐藤先輩が2年連続で優勝(後に3年連続、4年目は3位)し、ベスト10に3名の卓球部員が入った快挙は、(自分の結果はどうあれ)マラソンも卓球に通じるところがあると深く感じたものだ。

卓球部は1年の春  4部優勝、3部昇格
          秋  3部5位
      2年の春  3部6位 4部降格 
          秋  4部
      3年の春  4部
          秋  4部
      4年の春  4部
          秋  4部6位 5部降格

2年の秋にキャプテンとなり、1年間が終わり、さあバトンタッチという時、先輩諸氏より「もう1年間、お前たちでやれ」と言われ、同僚と相談した所、「仕方ないだろう」との結論になり、引き受けたが今でも失敗であったと振り返る。
理由は、1 自分達が先頭に立って引っ張っていこうも惰性になっている
      2 目標が先に見えてしまう
      3 情熱が出てこない
等々あり、しかもその結果、後のリーグ戦にて5部に降格させてしまった。先輩及び後輩の皆様には大変申し訳なく思う。しかし、今でも2年間も運動部のリーダーをさせて頂いた点に関して、本当に先輩、後輩の皆様に感謝しております。

 あと、理科系大会で混合ダブルスがあるが、当時女子の卓球部員が居ない為、それまで参加出来なかったが、女子美術大学と組んで初めて参加できた事を懐かしく思う。

最後に先輩諸氏より囲碁将棋、マージャン、酒、ボーリング等、遊びを一通り教わり、そこそこ迄出来る様になったことは、社会人となっても話題に困らなくなりました。
有難うございました。


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